今から約2,800年前、上古時代湖沼地帯であっ
た甲府盆地を第十代崇神天皇の御代四道将軍武淳川
別命東征の折、御入国があり、湖岸を切り開き湖水
を富士川に落として涸燥して、田圃を造り蒼生愛撫
、五穀豊穣、祈願のため、丸山に奉斎したと伝えら
れる(丸山は今の舞鶴城址)甲斐源氏の祖、一条次
郎忠頼丸山に館するに当り、庄城稲荷と呼ばれ氏神
として甲斐源氏一条忠頼一族の崇敬する所となって
いたが文録年中浅野長政の築城に当り一蓮寺と共に
現地に遷された。
明治・大正より官民有志の崇敬を集め「神は人の敬
により威を増し、人は神の徳により運を添ふ」如く
その祭は稲荷三大祭といわれ御神威を輝かした。